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本名も、顔も、会社も明かさない。それなのに、裏垢に流れてくる言葉のほうが、本人の素顔に近い気がすることがある。今夜はその不思議さについて書きたい。
①本名を隠すほど、素顔に近づいていく
本アカウントでは、肩書きや人間関係が邪魔をして、本音は言えない。裏垢は、名前を消すことで初めて、飾らない部分を出せる場所になる。隠すほど本音に近づくというのは、逆説的だけど、たぶん一番正直な仕組みだと思う。
②「見てほしい」という気持ちは、誰にでもある
「抑えきれない承認欲求」という言葉は、正直すぎて笑ってしまうくらいだけど、多くの人が持っている感情でもある。知り合いには見せられないものを、知らない誰かに見てほしい。この矛盾した欲望こそが、裏垢という文化そのものを支えている。
③「誤爆」が背徳の温度を上げる
裏垢のつもりが、うっかり公式アカウントに投稿してしまう「誤爆」。これはフィクションの中では鉄板の設定だけど、実際に起こりうることだからこそ緊張感がある。バレるかもしれない、という可能性そのものが、興奮の一部になっている。
④肩書きと裏の顔のギャップが、一番の武器になる
「美人広報」「港区系インフルエンサー」。表の顔がしっかりしているほど、裏垢で見せる姿との落差が大きくなる。ちゃんとした肩書きがある人ほど、そのギャップは効く。これは以前書いた「経営者・役員」の背徳とも近い構造だと思う。
⑤裏垢は、出会いの入口にもなっている
裏垢経由でパパ活につながるケースも珍しくない。もともとは「見てほしいだけ」だった発信が、いつの間にか実際の出会いの窓口になっていく。承認欲求から始まったものが、現実の関係に変わっていく過程そのものが、このジャンルの面白さだと思う。


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